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 たまごのはなし


たとえば、ゆで卵を作るとするだろ?

熱湯に卵を入れて、固まった頃合いを見て取り出す。

当然、熱い。少し水に浸しても、まだ温い。

そっと両手で包みこむと、じわりと手の平に熱が広がって。

まるで体温だ、そう思った。

内から外へ放出される温かさ、似てるだろ。

熱は高い方から低い方へ。

卵の中から、おれの手の平へ。

けど、卵自体が熱を"孕んでる"訳じゃねえ。

"帯びてる"だけだ。

そう、卵なんてただの『命が死んだモノ』でしかない。

「死骸に生の真似事させるなんて、皮肉なもんだよな。」

生きてるものと死んだものの違いなんて、実はそんなにないんだぜ。



「で?卵を食べたくない理由はそれか、船長。」



「いや、他にもある。」



麺類で、『月見~…』ってあるだろ?

うどんだか蕎麦だかの汁へ生卵を落とすやつ。

あれ、結構上手い表現だよな。

椀の世界に、汁の闇。卵がそこから眺める月、ってか。

自分の居る狭い世界を唄ってるみたいだ。

黄身の周りの白身がぼやけて浮かんで、雲みたいで。

一つの命を犠牲にした月だ、潰す前に月見酒と洒落込みたくなるだろ。

「ああ、犠牲になった命は卵か、おれか。わかんねぇけどな。」

絶望の淵を覗き込んだ時、絶望からも見られているとは良く言ったものだ。



「…どうしても食べたくない事だけはよく分かった。」
ペンギンが溜息を吐いてギブアップをする。
ようし、今のところ全勝だな。
そうしておれは満面の笑みを浮かべ、つん、と突いて手元の卵を転がした。




*******
晩御飯は月見蕎麦とゆで卵
卵の賞味期限が明日までだったもんで…

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